英国の国民投票で思ったこと

 今週、イギリスが国民投票で、EU離脱を決めた。翌朝、離脱派のリーダー、ボリス・ジョンソン氏(以下、J氏)が出勤しようとすると、つめかけた残留派の群集が罵声を浴びせ、車に乗り込んだJ氏の通行を、自転車が何台も進路を塞ぎ、往来をも妨害していた。
 群集は、30人程度らしかったが、報道陣や警備の人も大勢いたのでもっと多くに見えた。また、J氏は普段自転車通勤でも有名らしい。家の前の状況を見て、急遽車を手配したのだろうか。言いたいのは、こんなことでは無い。国民投票で自分の望んだ結果でなかったからといって、こうした抗議をするとは、それでも先進国の人間のつもりか。投票結果が出た後に、キャメロン首相がわざわざ結果を尊重すると言って「当たり前だ」と思ったが、そう思わない人間もいたのだ。夫々いろんな考えを持つ人間がいて当たり前だが、だからこそ、国民投票をやったのではないのか。
 投票前から意見が拮抗していたのは判っていたことだ。そうなると結果に対して約半数の人間が納得し、半数の人が納得しないことになる。ならば、事前に世論調査でもっと差が開くまで、投票の時期を待ったほうがいい、とも思った。しかし、そんな、悠長なことを言っていられる状況でもなかった。
 つまり、国民投票をすることを決めたキャメロン首相がいけなかったことになる。こうした事態を招く可能性は少なからずあったのに、自分の周囲の人間の意見だけで、離脱のほうが多い筈ないと思ってしまったのだろう。でも、残留派が敗れ、すかさず辞意を発表したのは、偉い、というか潔い。
 これまでイギリスはEUの中で埋没していた印象をうける。西ヨーロッパだけのヨーロッパ共同体なら良かったが、今は拡大し過ぎて、メリットよりもデメリットのほうが大きいようにも見える。また、若者は残留の理由を「自由な往来が出来なくなる」と言っているが、禁止された訳でなく、パスポートがあれば自由に行き来できるし、日本もアメリカもEU以外の国は全てそうだ。関税だって何年か先に貿易協定を結べばいいことである。元々、通貨もポンドを使い続けていた訳だし、今は相場が荒れてたりしているが、実は元の本来あるべき姿に戻っただけ、なのかもしれない。

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