この内容はヤフー記事にコメントしたものです。
「・・・(略)重傷者は増えないのにここに来て、死者数が激増してるの不思議(略)・・・」に対して
おそらくこういうことだと思います。死者数はその日に死んだ数に対して、重症者数は、前日の重症者数+(プラス)その日に重症化した人数-(マイナス)当日に死者数。例えば、発表で今日の死者数18人、重症化した数は3人増えて236人でしたとします。死者数が18人もいて、重症者が3人しか増えていない。重症者が少なく感じるのは、本来新たに重症となった患者は21名のはずが、それに昨日までの重症者に死者数18がマイナスされ、「3」となり、錯覚です。
この内容はヤフー記事にコメントしたものです。
竹内結子さんの亡くなった真相ははっきりしないが、おそらく報道の通りなのだろう。各社いろいろ読んでみたが、自分が一番「そうかも」と思ったのは、窮状説だ。出産で仕事をセーブしていたが、事務所に仕事を入れてと言っても入れてくれない。家賃100万円、パートナーの稼ぎでは足りない。新型ウイルスの流行が追い打ちをかけている。
しかし、どうしても引っ掛かる。本当に自殺だろうか。直前まで何事も無かったと言うが、1歳にも満たない赤ん坊を放って、夕食後、寝室に行ってしまうのを、家族はおかしいと思わなかったのか。それも、深夜の2時まで。
今、芸能界で自殺が連続しているから、皆「またか」と思うだろうと、事件が起こされた可能性がないだろうか。
という疑いもちょっとはあって欲しい。
この内容はヤフー記事にコメントしたものです。
レジ袋が有料になったので、毎回袋を買っています。以前はもう1枚欲しい時でも言い辛かったけど、今は、自分で指定できるのでその点は良くなりました。1枚3円というのが多いですが、それ相応の値段に感じます。会社帰りに立ち寄ることも多いので、マイバッグは1ミリも頭にありません。レジ袋は2次利用するので、無駄にはしません。
以前テレビでやってたプラスチックを石油に戻す取り組みは、何故、普及してこないのでしょうか。日々出るお菓子の外袋とか、リサイクルしたほうが、環境に良いと思います。
以下は、ある記事に対してコメントしたものを再掲した。
(2020.06.13.土03.43)
コロナ禍における飲食店の生き残る方法を考えてみた。
家でもマスクをしている人が、どのくらいいるのか判らないが、それ程多くないと仮定して話を進める。まず、店は家族3人以上来店で1人無料とか、思い切った家族割引を宣伝する。会社の仲間と違って、家族は家でマスクをしないので、店でもする必要がない。斜めに向かい合って間を空ける必要もない。他の客も同じように家族で来ている客なので、心配しなくていいという前提にして、隣のテーブルと間隔を空けるのをやめる。
コロナが収束して通常に戻るまでは、マイナスにならなければ、最終的な儲けが差し引き0でも構わないと覚悟する。
もしこれで感染者が出た場合、1~2週間の営業停止だが、検査で従業員に感染者が出なかったら、そのまま営業してよいというシステムにする。
条件が合えば、是非試して欲しい。自己責任で。
(2020.06.13.土14.30)
追記:
病院も余裕が出てきたようだし、逆説的に、持病をもっていないとか「コロナに罹らない自信があるし、もし罹ったとしてもかまわない」という家庭は、家では「マスクを外す」ことを推奨して、そういった「家ではマスクをしない」家庭を増やしてしまえば、上記に当てはめられる。
どうして家でマスクしないかと言うと、感染者が出ると家族は濃厚接触者であり、マスクしていても感染していることが多いと思われるからだ。コロナの一番の厄介な所は「感染していても無症状の場合が多い」ということにある。家族間で感染すれば、誰かが発症する確率も上がり、家族単位で考えたほうが感染者を発見しやすくする。
店側も客の理解を得られるように、「家庭でマスクしない理論支持店宣言」とか貼り紙するのがいいように思う。
布製マスクを全世帯に2枚ずつ配布を馬鹿にする奴は大馬鹿者だ。
政府は、些細な事でも、出来る事は何でもやるべきである。阿保な意見に振り回されるな。
使い捨てではないのに、1世帯2枚のどこがいけないのだ。家族全員分? 外出は必要最小限とお願いしているだろう。勿論、足りない人も多くいるだろうが、無いよりいいわけだし、生産能力を考えてのことでの2枚だろうから、追いつけば、再配布もあったろう。
ダイアモンド・プリンセス号で対応した医師や関係者が、複数感染したことから、マスクをしていても感染することは、広く知られていた。だから元々、マスクは万能では無いと判っていた。隙間から空気が入るからだ。
それでも多くの人がマスクをしている。無い人は、行列に並んで買いに行き、品切れ状態が続く場面も多く、今も入手するのに苦労している。手作りのマスクの作り方を紹介する記事もよく見かける。感染の原因は、院内感染関係を除けば、多くは、マスクを外す夜の飲食店での感染が、大部分とみられる。ここ地方は街を歩いていても、だいたい9割近くの人がマスクをしているが、マスクが手に入りづらい状況では、マスク着用が義務とは言えない。
NHKの何かの再放送でチラッと「マイクロ飛沫」を見た次の日の朝、バスで目の前の席に座っていたオバさんがくしゃみをした直後に慌ててマスクを口にあてていたが間に合わず、その時、(バス後方の席なので、かなりの至近距離にいた)自分はマスクをしていなかった。前夜の映像が頭に浮かび、「どんなものでもいいからマスクさえあれば」という、無い時の無防備さをしみじみと感じた。その当時は周りの人がマスクしてるから、逆に安全だという考えだった。
欧米のように社会的距離とかを実施しているのは、今はテレビの放送しているスタジオだけだ。自身では、マスクさえしていれば、街で感染する危険性を感じないが、マスクをしていないと、何時罹っても仕方ない、というのが今の心境だ。
望む現金集金改革
毎月やってくる2件の集金が、もう何年も続いている。「宅配牛乳」と会社での「仕出し弁当代」の二つだ。牛乳は毎週月曜の朝、玄関脇に置いてある専用ボックスに配達される。代金は、月末近くに、牛乳と一緒に請求書が入っていて、翌週、空き瓶と共に現金を入れた集金袋も一緒に入れておく。
弁当のほうは、特にこちらから連絡しない限り、自動的に会社の1階にある事務所に届けられるが、自分は2階に居るので、配達する人とのやり取りはない。月末を過ぎると請求書が付いてきて、総務の人が作った明細表が弁当にテープでくっ付けてあり、総務の人に代金を払って完了する。
この単純な仕組みが、段々と不便になってきた。今までも請求額ピッタリに現金を用意して払うのに結構苦労していた。それが、キャッシュレス化で更に至難の業になってきたからだ。
牛乳のほうは、多めに入れておけば、次回にお釣りを入れてくれる。自分一人だけと考えれば何てことは無いと思えるが、これが利用者殆どの人がそれをやると、先方が余計な時間や手間が増えるので、なるべくは、そうはしたくない。いっそ、もう止めちゃおうかとも思ったりもする。
弁当のほうは、試しに総務の人に万札でおつりがOKか聞いてみたら「面倒くさいので」と拒否された。注文している本人と弁当屋の2回、つり銭のやり取りとなってしまうことを考えると、確かにそうなのだ。
そこで、解決法を考えた。「千円札か一万円札のみで支払いを済ます」という方法だ。
牛乳の場合、例えば請求が1,584円だったとしたら、2,000円入れておく。次回、利用額1,584円(預り金416円、請求額1,168円)だとしたら、また2,000円入れておく。さらに次回、利用額1,584円(預り金累計832円、請求額752円)で1,000円入れておく…というやり方。つまり、自分は千円単位でしか支払っていない。その都度きっちりおつりを貰いたい人もいるだろうから、封筒を2種類使い分けてして区別する。
弁当の場合、8,784円だとして、1万円払い、お釣りのやり取りはしないで、預り金としてプールする。翌月が9,272円だとしたら、また、1万円を支払い、預り金累計額1,944円、その翌月10,248円だったら、1万円だけ出して248円分は預り金から差し引いてもらい、預り金残額1,696円となる。(弁当の場合、1万円札のみか、千円札も含めるかは、判断が分かれるが、1万円単位でいいと本人が言えば、それでもいいと思う。千円札9枚用意するのもできないこともある。)
自分の場合、たまたま弁当をとっているのが、自分一人しか居ないが、ケースバイケースで、総務のような間に人を介さないなど、いろいろあるだろう。
この方法は本来、プール式集金法と呼ぶべきだが、「プール制」で若干違う意味にも使われているため、別の呼び方を新たに命名したい。それは、
「リチェー(りちぇえ)式の集金法」
これでもう、小銭などからの憂鬱から解放だ!
スウェーデンの16歳の少女、グレタ・トゥーンベリさんが国連気候変動会議で怒りの演説をしても、我々大人は「そんなこと言われても…」と思う程度だ。
新しい事を言ってる訳でもないし、北欧の女の子が文句を言ってるので、ムーミンに出てくるミーを連想するのがせいぜいだろう。一向に何も変わりそうにない。今までと同じだ。
では、どうすればいいのか。答えは単純、彼女がこう言えばいい。「二酸化炭素の排出量が1位と2位の中国とアメリカの製品を皆で不買運動しよう!」と。
この2か国がやり玉に上がり、次第にボディーブローが効いて方針が転換されれば、それを見て日本や他の国もすぐに追随するだろう。
今はちょうどいいタイミングでもある。アメリカはCOP21を2020年11月4日に離脱すると表明しているからだ。今、彼女が言えば、出来ると思う。
彼女は、二酸化炭素を大量に排出するという理由から、飛行機には乗らないらしい。大陸間をヨットで移動するので、8月の時の航海は15日間かかった。外国に呼ばれるたびにヨットで長旅をさせられるため、うっぷんもさぞ溜まることだろう。そう、彼女の演説の悪態の原因はここにあった。「どうしてあなた達のために、こんな苦労して移動しなくてはいけないの!」って。
海外旅行に行くだけでも感じる「どうして日本は弱くなったの?」という気持ち。まったくそうだ。これは難しい問題で、すぐ対策を考え出せるものではないが、考えていかないと永遠に答えは出てこない。ここで取り敢えず考えてみて、それに対して「違う」「そうだ」と何時か議論していく時のためのたたき台にでもなればと思い、解決案を捻り出してみたい。
日本が低迷しているのは“低成長期だから”、というのが一般論だろう。会社が業績を上げて成長して、給料が上がれば生活が良くなる。これが基本的な考え方だと思う。しかし、みんなの給料が上がると人件費も上がる、ということで、物価も上がっていく。この繰り返しだから、高度成長期以降、成功した人を除くと、中流と感じた人たちはだんだん閉塞感を感じてくるようになる。バブル崩壊後、長い不景気のなか小泉政権が登場し、弱者切り捨て政策で、格差は顕著になっていった。世の中は過剰なコストカットの行きつく先に、人件費削減を強化する傾向にある。
でも中流と感じた人は、全員ではない。同じ会社の中でも、高給取りと低賃金の者が存在する。高給取りの中でも一握りは更に高給で、カルロス・ゴーンとかになると、末端の従業員のやる気を消滅させる程だったことが記憶に新しい。世の中、例外もあるが、会社を支えている人は低賃金で、会社の役に立っていない人は高給取り、という仕組みが出来ているかのようだ。最近裁判で、東日本大震災で福島原発事故の責任を、当時の役員は“無罪“という結果が出たが、会議で津波が来ることを助言されても、無視した。でも責任は無い、高給は貰う。だったら、この人たちは、何の為に会社にいるのか。無給どころか、居ないほうが良い。(3人の被告人と、会議に出席した人が同じかどうかは不明。報告を受けていたかも不明。)
給料体系は年齢給や勤続年数、役職手当等で、賃金の“高い低い”が決められている。結論から言うと、
明確に成果が判る職種でなければ、多くが当てはまる「個別に成果が判りにくい会社は、社長以外は給料を一律にする」と法制化する。
これには反対意見しかないことは容易に想像できる。でも、現状では「偉くなっても内容が伴う」とは必ずしも言えていない。すべてに当てはまる訳ではないが、入社仕立てを過ぎて、明確に実力差があるのであれば、それは給料に反映させるのではなく、別の形で反映させればよい。何を言いたいかというと、給料格差があるから、一握りの人しか、恩恵を享受できないという現象が生まれる、ということだ。それではやる気が減退するというのであれば、社長を目指す道が残されている。
これでは、共産主義だ、遊んで給料を貰う人が出てくる、という意見が出てくるだろう。実際に成績の優劣があれば、給料の差別化でするのではなく、別の形(昇進等)で充分だということである。人事評価というものは、誰かの主観で決められたもので、正当性がない場合も多くあり、そのまま給料に反映され続けるのは、そろそろ終わりにするべきである。
このような手段は、明確に成績が判る職種にも当てはめるということではない。例えば、明確に判る場合は、特別手当を支給すればよい。現状のように、一度決めて固定してしまうと、成績が逆転していても、同じに差別されたままということになってしまうので、昇進=昇給というのは駄目なのです。
結論:給料の仕組みのせいで、一部の人間しか満足にしていない(二極化)。格差の無いように是正するのが、社会の正しい道です。
「ポツンと一軒家」だけでなく、「所さんの学校では教えてくれないそこんトコロの『秘境駅コーナー』」等を見る度に感じるのは、昔は集落だったのに、今は風前の灯火になってしまっている、ということだ。それは、他の番組でも感じることが少なくない。
これは、人口が減っているという訳だけではないだろう。周知の事実で、東京や便利な都市部に人が集まってしまうから、だろう。地方に仕事が無いから田舎を出ていく。そして大概はそのまま戻ってはこない。これは仕方ないことだが、それで終わりにするべきではない。国の対策で、会社や工場の誘致がしやすくなるような仕組みを考える必要がある。地元に仕事の口があれば、故郷を出る必要がない人も多数いるはずだ。そうなれば、一極集中の緩和の一助になる。
交通の不便さも、国の対策が必要だ。過疎地域は赤字で鉄道やバスの廃線が今も広がっている。しかし、それによって不便になった場所は、過疎に拍車をかけるだけだ。交通機関には行政が補助すべきだし、できるならば、大井川鉄道や京都のトロッコ列車のように観光で乗降客を増やすことも考えたい。北海道に東急が観光列車を走らせるというニュースもこの冬あった。廃線してしまっては、何も残らない。
「仕事」、「交通の便」、それ以外では、「その土地の魅力作り」が挙げられる。ふるさと創生と称して、国が全国の自治体に1億円ずつばら撒いたことがあったが、それだと無責任すぎる。国がコンサルタントを派遣して、専門家の助言・指導するというのがいいように思う。その派遣されたコンサルタントは、3年くらいごとに評価して、ある程度、責任を持たせるのも必須だ。
以上、こういった課題が、どんどん議論されることを望む。
『ラジオで激白 NHK大河「いだてん」に5年を捧げたクドカンの恨み節』という記事を見たあと、下部にある【関連記事】にあった記事の1つ『NHK大河「いだてん」大コケでわかった ドラマとは主役次第』(日刊ゲンダイDIGITAL)(公開日:2019/03/17となっていて1か月近く前のものだった。)というのがあったので、何の根拠があって言っているのか確かめるためクリックしてみた。
しかし、「大コケでわかった ドラマとは主役次第」という主張には、何の根拠も見当たらなかった。
2015年の「花燃ゆ」の時も、視聴率が悪いと主役の井上真央に原因があるように言われた。話がつまらないのに、主役がいいだけで視聴率がよくなるわけがない。今回の「いだてん~東京オリムピック噺(ばなし)~」は、そもそも題材から面白くない。
それに裏番組の「ポツンと一軒家」の存在が大きい。自分もどちらかを録画して両方見ている。さらに、去年から、働き方改革なのか、年に数回、休止回があり、その時に、別の番組を見て、そのままそっちに乗り換えた人もいるだろう。
「いだてん」は初回、役所広司が主役かと思ったほどで、中村勘九郎が登場したのは残り数分だけだったが視聴率は15.5%で、2回目が12.0%だった。通常は初回を見て2回目を見るかどうか決まると思うので、2回目の視聴率の責任は1回目の内容にある。
以上、言えることは、仮に主役が中村勘九郎でなく、人気のアイドルの起用だったとしても、視聴率が良かったとは考えにくい、ということだ。
ベネチアの水没の詳細の記事を見た。
この問題は、今、仮に全世界が一斉に二酸化炭素の排出をやめたとしても、すぐに地球温暖化が元に戻ることもないし、そんなことはあり得ないので、到底期待できない。
映像を見ながら「島をグルッと塀で囲んでしまえば」と思っていると、既にモーゼ計画というのがあるが、汚職や費用の莫大化で完成が危ぶまれていて、完成したとしても日常の110センチ以下の高潮には対応していなくて、限定的にしか効果が期待できない状況らしい。
それで自分なりに対案を考えてみた。
塀はもっと沖合に造るべきだ。切れ目なく本当にぐるっと一周させる。故障や費用の掛かる可動式の塀ではなく、もっと単純でよい。イメージは日本の有明海の防潮堤だ。島なので船は必須で、「どうするんだ」ということになるが、塀の何か所に特殊な船着き場を造って、そこで乗り換えたり、荷物を積み下ろしをする。そこだけは立派なつくりにして、水没対策税を取ってもいい。
これしか方法はない。今は何とか長靴で対応できるが、これは、完全水没に向かう過渡期でしかなく、長靴対応で凌げるのは今だけだ。水浸しで面白がって観光客が増加して、喜んでいられるのも今だけの話だ。
塀で囲んで、塀の内側から陸地にしてしまうというのではなく、やはり、水の都なので、適度な水位は調整して保つ。
資金問題は、インターネットで世界中に対して寄付を募れば、結構集まるのではないか。
しかし、この拙文がイタリアの実力者の目に留まることはないだろうし、やはり、ベネチアは「そういう所があった」となってしまうのだろう。
惑星直列のピークが2018年12月21日で地震に影響かという記事を見かけ、惑星直列だというのに、全くニュースに出てこないのは何故なのか不思議に思い、調べてみた。
すると、「惑星直列」というのは、惑星の数が多いので、完全に一直線に並ぶということはあり得ないらしい。惑星直列と耳にするのは、それに近い状態の事を言っていて、どこまでがその範囲に入れるかで、特定される日も色々あり、それぞれその人の取り上げ方次第で、記事になったりするようだ。あり得ないことのせいか、天文学用語にも“惑星直列”という言葉はないらしい。
惑星直列それ自体も、月の潮汐を起こす力に比べたら微々たる影響としている。
定義も曖昧で関連も不明なため、そういったことから、ニュースでは見かけないということのようだ。実際に大きな影響があって、惑星直列になるというニュースが流れたりしたら、人々はパニックになるかもしれない。
しかし、微々たる力でも、地球規模で考えれば、それなりに影響はあると思う。あと一歩で踏みとどまっている状態ならば、僅かな力が引き金となって、地震が起きてもおかしくない。
いつ来てもおかしくない地震ならば、確率が高くなると思っていたほうがいいと思う。
日本の水道民営化のニュースで、フランスの例を挙げていた。1980年代に民営化したパリは、料金が265%値上ったので、再度公営に戻したというような内容だったと思う。
先日、京都の市営バスが、委託していた民間のバス会社2社の撤退で、今後10年間で赤字額100億円を超える見通しになったというニュースがあった。これは、直営になることで人件費が上がるということらしいが、より割安な費用でやろうとするから労働環境が疲弊して運転手の人材不足で、それで撤退となっているのだから、適正な費用で運営することが肝要で、それが結果的に運営の費用が増大しても、今後それは仕方ないことだ。
運営費を必要以上に抑えるために、民間委託するというのは、いずれ歪みを生む。
ましてや、外国人を安い人件費で使って、費用を浮かそうとしているのであれば、日本人として恥ずべき考えでないだろうか。
まあ、バスはまだいいが、水道で「民間委託しました、値上げしました、廃止しました」ではたまったものではない。
「公営でやると赤字になるので民間委託」という安易な考え方は、時代遅れの思考回路だ。
NHK Eテレ「100分de名著」の司会は伊集院光と、1~2年前に番組復帰したNHKアナウンサーの島津有理子だ。この番組も島津有理子も好きだが、見たいと思う題材がなかなかやらなくて、あまり見ていなかった。先日番組表を見ていたら、アナウンサーの名前が島津有理子でなくて、焦って調べてみると、退局していた。なんでも「番組でも紹介した本に触発されて、元々の夢だった医者になるため、勉強し直す」そうだ。
大河ドラマの終わりのコーナー「西郷どん紀行」のナレーションのほうは、最後まで担当するということだが、それは先撮りだと思う。
残念に思っていると、今日の番組表の「100分de名著」に島津有理子の名前があった。実際に見てみると、1~2年前の復帰最初の第1回目の撮影のものだったようだ。でも再放送ではないようだ。
題材が 三木清“人生論ノート” 第1回「真の幸福とは何か」というものだったので、難しくてお蔵入りになっていたのだろうか。でも、今日のこの番組の「見たい」という人が17,177人もいたから意外だった。大半が、島津有理子のファンなのかも。
とりあえず、あと3回は見られるのはありがたい。
先日の「帰れまサンデー」を見た。今回から「帰れまサンデー.見っけ隊」となるそうで、青森の青い森鉄道の無人駅をサイコロの目で食べ物屋を探す旅だった。
ある駅で降りた地域は、ホタテ貝の産地だった。その時は閉まっていたが、ホタテの即売所があって、本来はこうだと紹介するVTRが流れた。ナレーションで新鮮なホタテをその場で刺身にもしてくれると言いながら、ホタテを開いて見せた。貝の内側は白く、寄生虫が見事の映っていた。小刻みに平行に動いたせいか、編集スタッフは気が付かなかったようだ。新鮮が仇となってしまったようだ。アニサキスをテレビで見たのは初めてだった。
地方に行って、新鮮な魚介類を求めてはいけないと、肝に銘じたシーンだった。
昨日 (2017年1月21日)、日本航空とチャイナエアライン (中華航空・台湾) が、「アライアンスグループを越えたコードシェア」 を行うことが発表されたという記事があった。日本航空が 「ワンワールド」 に対しチャイナエアラインは 「スカイチーム」 で、その垣根を越えることが画期的という内容のものだった。
しかし…
日本航空は、2005年 「ワンワールド」 への加盟方針を決定し、2007年4月に正式加盟・サービス開始している。2008年から中国東方航空とマイレージプログラムで提携を開始しているが、2010年に中国東方航空はスカイチーム加盟へ調印 (翌年、正式加盟) し、それでも同年10月に羽田空港-上海便の、日本航空との相互コードシェア運航を開始している。
あまり関係ないことだが、日本航空は、経営不振の折、スカイチームに行きかけたが、稲森会長を招聘すると起死回生、鶴の一声で、ワンワールドに留まっている。
現在も、「スカイチーム」 の中国東方航空に乗ると、日本航空のプログラムで 「ワンワールド」 のマイレージが付けられる。
一昨年の夏、上海経由で桂林に行った時、中国東方航空、上海航空と乗り継いだが、上海航空も中国東方航空の傘下になっていて、たしか、JALのマイルが付いたと記憶している。
マイルは中々貯まらなくて、アホらしくて、やっても無駄の感が強いが、内容が少しずつ改善されてきて、先日、ファミリーマート2,000円分クーポンに交換したばかりだ。
マンションの大規模補修工事で、エアコンの室外機を移動しなければいけなくなった。廊下側の2台がほぼ固定されていて動かせなかった。補修工事している業者に依頼する場合、1台につき17,000円だと言う。追加工事を提案して上手くマンション側を丸め込んでおいて、そう来たので、それならばと、自分でやることにした (他にも諸事情があったが)。接続を切り離すだけなら自分でやってみて、出来なかったら何処か他の業者に頼もうと考えた。
9月、ネットで動画を見て、メモをして、準備万端やってみた。どちらのエアコンもバルブの接続がアホかというほどキツく締めてあって、壊れるかと思った。更に、3本の電線が、いくらやっても抜けなくて、2台目のほうはペンチで1本ずつ引っ張って漸く抜け、そのうちの1本は切れた。ガスの閉じ込めは、うまく出来たようだった。
今度、繋ぐ時の手順は、今日の手順の逆でいいのか?と疑問に思いながら3ヶ月経った。
補修工事も終わったので、いざ繋ぎ方を調べてみたら、なんと、真空抜きという真空ポンプを使った工程があることを知った。バナーに取り付け工事1,250円~と出ていて、それに頼もうかとも考えた。実際に1,250円で済むとも考えにくいし、他の業者に頼んでも、ポンプを使わないで真空抜きをされたら意味無いし…。いろいろ見ている中で「真空ポンプ、レンタル」というのがあったので、調べてみると、ヤフオクで1,000円ほどだった。それプラス、往復の送料が2,000円近くかかるが、悩んで結局それにした。室外機に書いてあるガスの種類を確認してから、今はシーズンからズレているのか、3泊4日を即、落札できた。3連休の前日だったので、丁度よかった。
先方からは、翌日発送して、翌々日の午前中に届いた。2種類の動画を何度も見ておいた。
腕時計して、実際に取り掛かると、手順書が付いていたが、動画と違ってメーターがデジタルになっていて、予習が吹っ飛んでしまった。写真も載っていたがその時は気付かず、すっかりアナログと思い込んでいた。電源の延長コードも必要で、用意するのに一苦労した。手順書の写真もぼやけていて、判りづらかった。1台やってみて、うまくいかず、日が暮れてきたので翌日に持ち越した。寒かった。
次の日、早起きして、厚着をして再挑戦した。何がいけなかったか判らないので、もう1台のほうから始めた。2台共、別々の業者が設置したものだが、どちらもホースがギリギリにしてあって、その浅はかさに呆れた。これでは1センチも動かせないではないか。そもそも、もっと充分に余裕を持たせてあれば、こんな作業もしなくてよかったのだ。
2台目は買って10年と古いせいか、バルブを繋ぐ段になって、ツマミがあたって構造上ポンプの接続の出来ないことが判明した。そちらはさっさと諦めて、昨日失敗したもう1台のほうに移った。
昨日と同じで、やっぱり手順通りやっても、数値がまるっきりダメだった。仕方ないので、配管をはずして、やり直すことにした。すると今度は数値がいい感じを示した。あとは順調だった。
同梱の送り状を記入してから、車で休日もやってる郵便局に持って行った。配達完了のハガキをどうするか訊かれたので 「不要」 と伝えると120円安い850円になった。
<教訓>
○エアコンを購入して工事する際、「真空ポンプで真空抜き」をちゃんとやるかどうか訊いて、要確認。
○更に、配管のホースは1~2mくらい移動できるように頼む。
日曜の午後、ラジオで山田邦子がメインの放送をよく聞くことが多い。先日、森昌子が出演してて、越冬つばめを歌っていた。彼女は歌がうまいという印象だったが、さすがの森昌子でも何十年も経つと、昔のようには声が出なくなるんだなと感じた。
NHKテレビのSONGSで、録画しておいた薬師丸ひろ子の回の放送を見た。高倉健とのエピソードが中心で、歌は最初の何曲かは、持ち歌ではなかった。
後半、デビューしてからヒットした、当時の映画に主演した時の主題歌を3曲歌った。こうしたことは、多くの歌手の場合、元の曲と少し違ったアレンジのような別物の歌になってしまうことがあるが、彼女の場合は、全く昔聞いた歌い方と変わりなかった。
何年か前にも、SONGSに出たことがあったと思うが、その時はそうは思わなかった。恐らく復帰してから場数を踏んで、今の状態に戻したのではないだろうか。
とにかく今回は、35年前の昔と寸分違わずと言っていいほどだった。普通、昔の歌を録画しても、昔と違うので、消去してしまうことになるが、これなら、永久保存版だ。素晴らしい。
NHKラジオは、さあ音楽という段になって、「所により交通情報です。」 と言って、音楽は聞こえない程小さい音になり、交通情報が始まって、音楽は殆ど聴けずじまいになる。
それはまあいいとして、許せないのが、番組の内容に関係なく、突然、他の情報を被せてくる。その為、肝心な所が聞けずじまいになることがよくある。
列車が動いたとか、急いで知らせたいなら、そういうことは番組の中の進行役が言えば、聞けないことが起きないので内容が判らなくなることもないのに。多分、全国放送に対して、割り込みは地域を限定して行われるからだろう。しかし、天気予報は地域を細かく言っているのだから、他の地域のことでも、内容が判らなくなるくらいならば、番組の進行役が言ったほうが、まだいい。
7月30日の昼間のラジオ番組で、ゲストに白井貴子さんが出演していて、「白い色は恋人の色」 をカバーで歌った曲を流していた。歌は2番に入り暫くすると 「ここで、気象情報です。」 と言って、群馬県の大雨情報が割り込んできた。『これをゲストでもやるのか…1番は無傷で流したので、2番はいいのか』、と思っていると、番組が再開され、すると、同じ歌を最初から掛け始めた。その曲が終わると、続けて別の音楽が流れ、交通情報か何かになった。さては、白井さんが怒って、居なくなってしまったのではないか、と思った。その後、何事もなかったどうか不明だが、白井さんは登場して、普通に話されていた。白井さんは、この曲についての苦労話をしていたので、NHKラジオはこういう所と判っていての出演と思うが、さすがに怒ったのではないかと思われる。
そのあとも、割り込みがあって、その割り込みが終わると、彼女の新曲と思われる歌が流れていて、折角の出演もすっかり台無しになっていた。
マスコミの宿命で、1番最初に報道することが命と思っているようだが、そんな事を誰もNHKに求めていない筈だ。
津波がくるとかならば判るが、1分1秒を争うこと以外でも、今の方法を続けるということはクソでしかない。
先月、ES細胞の盗難疑惑で告発された小保方晴子さんは、実は盗難も捏造は無かったと判明した。「神戸地検は『窃盗の発生自体が疑わしい』とした」とある。
今年(2016)1月28日、小保方晴子さんが手記を出版すると、それに対して「言いたいことがあるなら、有料の書籍でなく、科学コミュニティに向けて発言すべきではないか」と批判する向きもあるが、それは可笑し過ぎるというものだ。本来ならば、彼女に対してそういった手を差し伸べてあげるべきだったし、何より、犯人と決め付けて、何を言っても信用しなかったではないか。3月31日、彼女は英語によるホームページを開設している。もはや、日本で何を言っても無駄だと思ったのだろう。
マスコミの突き上げで、自殺者も出た。そんなクレイジーな日本のマスコミをよそに、アメリカの研究グループは、STAP細胞の研究が進められ、STAP細胞の特許を出願していることが、5月に報道されている。
理研でSTAP細胞の実験を検証する時、期待したが、STAP細胞を証明することは出来なかった。もう、犯人と決め付けているので、協力するどころか、妨害の疑いも考えられる。
もう、若山照彦・現山梨大学教授の裏切りにあって、犯人に祭り上げられたことはハッキリした。誰かに嵌められたことについても、そんな卑劣なことがあったということを、決して見逃していけない。理研の不可解な部分など、うやむやにせず、騒いでいた時と同じように、一つひとつ真相追求してほしいが、マスコミも一役買っていたので、今更それも期待できないか。
よくある冤罪は、警察が起こすものだが、今回ケースは、あらゆるメディアが彼女一人を攻撃し続けた。よく自殺しないで耐えてくれたと思う。このまま彼女に対して、謝罪一つせずに、何もせずに「そういう事もあった」で終わらせていいのだろうか。
なので自分だけでも、彼女を称えたいと思う。
小保方晴子さん、あなたは正しかった。